『死=生』死を実感した時、生が鮮やかに輝いた!
「死」という言葉に、皆さんはどんなイメージを持っていますか? 暗くて、怖くて、できれば目を背けたいもの。僕自身もそう思っていました。
けれど、ある出来事を通じて「死」をすぐそばに実感したとき、死生観は一変しました。皮肉なことに、死を意識した時から現状が驚くほど鮮やかに輝き始めたのです。
今回は、僕がたどり着いた「死=生」という答えについて。なぜ終わりを意識することが、最高に輝く「生」に繋がるのかをお話しようと思います。
ガンが氣づかせてくれたこと
僕は大病(悪性リンパ腫ステージ4)をしたので死ぬことを先送りには出来ない状態に追い込まれました。死と生が行ったり来たりするんです。
「死」と「生」。 対極にあるように見えるけど、実はこの2つは切り離せない「セット」なんですね。皆んなも本当はそのことは知っているんだけど、出来れば「死」のことは先送りにしたい。

その氣持ちもわかるんですけど、
『死=生』これを理解することは、『今この瞬間をどう生きるか!』を問い直すことに繋がると僕は考えています。
コインの裏と表
「死=生」という言葉を初めて聞くと、なんだか難しく感じますよね。でも、僕らの身近なものに例えると、意外としっくりくるかもしれません。想像してみてください。 「生」がコインの表だとしたら、「死」はその裏側です。
コインそのものが「私」です。
裏のないコインが存在しないように、死のない人生もありません。 「いつか来る(死)」という裏側があるからこそ、「今この瞬間(生)」という表側がキラキラと輝き、価値が生まれるんです。

私たちは「生」の側面しか見ていないだけで、実際には常に「死」を内包しながら歩んでいる。
生物のサイクル
もうじき桜の季節ですね。 僕も桜は大好きです。その花が散り、枯れて土に還ることは、次の春に新しい芽が出るための栄養になります。
僕たちの体の中でも、毎日数千億の細胞が死に、新しい細胞が生まれています。僕たちが「生きている」のは、絶え間ない「死」のおかげでもあるんですね。

ちなみにうんち、あれは細胞の死がうんちになるって聞いたことがあります。
「死」を見つめると、「今」が色づく
「死=生」とは、決して怖い意味ではありません。
-
「明日死ぬかもしれない」と思えば、今日の雨が優しく感じる。さっきみつけた路傍の花が愛おしく感じる。
-
メメント・モリ(死を想え)」という言葉があるように、「死」を意識に上げることで、「生」は輝き、鮮やかな色彩を帯びます。感謝することが日常にいっぱい見つかるし、今を楽しめるし、積極的に生きられます。

まとめ
『死=生』死を実感した時、生が鮮やかに輝いた!について僕の体験を通してお話しました。
「死」は怖いものではなく、「我が人生」という物語を完成させるための大切な要素なんです。今が尊くなるし、『今をどう生きるか?』を考えることに繋がります。
人生は自分を楽しむ時間!
僕は幼児を見ているといろんな学びがあります。あえて危ない所を通ろうとするし、あれは自分を試しているんだと思うんです。だから出来た時、100%で喜ぶ。そしてただ歩いてることすら遊びにしちゃう。絵なんかも躊躇なく描くし、自分を思いっきり軽やかに楽しんでいるなって感じます。
目的地に急ぐことはありません。途中で石ころを見つければ蹴って遊ぶし、アリの巣を見つければじっと眺めてるし。
いくつになっても自分を楽しむ時間がいっぱいあったらいいなって思います。
軽やかにその時を迎えられますように。

コメント